ビブリオテカ グラフィカ

BIBLIOTHECA GRAPHICA : 西洋挿絵見聞録(産経新聞 / SANKEI EXPRESS連載)その他
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別れの曲
JUGEMテーマ:音楽



 ショパンのピアノ練習曲作品10の3に、「別れの曲」という愛称がついた小曲がある。有名な曲だからどなたもご存知であろう。中学生のころであったか、左手で和音をおさえ、右手で主旋律をひくという拙い奏法で、オルガンをよく弾いた。中でも愛奏したのがこの「別れの曲」である。子供用に編曲されていて堀内敬三さんの詩だったろうか「春の日 そよ風 花散る緑の丘…」という有名な歌詞がついていた。ショパンの旋律をなぞるだけで、なんだかずいぶんと偉くなったような気になったものである。
 高校を卒業し、大学浪人一年目の夏休み、高校のころ同級だった女友達と、そのころはまだ京橋にあったフィルムセンターの「音楽映画の特集」というのに足を運んだことがある。そのなかに昭和10年に公開された「別れの曲」(ゲーザ・フォン・ボルヴァリ監督, 1934)という映画があり、心を打たれた。ポーランドの青年ショパンがパリに出て脚光を浴びるまでの物語で、その主題曲がショパンのピアノ練習曲作品10の3に歌詞をつけた曲であった。一人前の芸術家になるにはあんなにも愛らしく可憐なふるさとの恋人を袖にしなければならないものかと、妙に感心した。
 ショパンのピアノ練習曲作品10の3を「別れの曲」と呼ぶのは、どうやら日本だけの習慣のようだ。それは昭和10年にこの映画がヒットし、またその後「別れの曲」というタイトルで日本語の歌詞をつけられ、愛唱されてきたからである。フランスにもドイツにも、このメロディーに歌詞をつけた曲はあるが、特に「別れの曲」という名前はついていない。映画「別れの曲」にはフランス語版とドイツ語版があるが、映画のなかで歌われるこの曲の歌詞も、特に別れとは関係がない。浪人のころ私がみたのは日本で初演されたのと同じフランス語版のほうである。昭和10年に刊行された『仏和対訳 別れの曲』(平原社トーキー・シリーズ 第30巻)から歌い出しの部分を引用する。

  吾が心 そなたに捧げん
  この調べ 吾が胸は そなたに囁き…

 以前、BSで放送されたドイツ語版をみたことがあるが、ほぼ同じような内容だった気がする。要するに、いろんな国でいろんな歌詞が作られ歌い継がれているのだろう。
 音盤に吹き込まれたものの中で私が格別珍重しているのは、フランスのリリックソプラノ、ニノン・バランという人が歌った「親密(アンティメイト)」という歌曲である。この歌もまたショパンのピアノ練習曲作品10の3にフランス語の歌詞をつけたものであるが、恐らく映画のヒットに合わせ、当事日本で発売されたSPレコードである。この人の優しい、魔法のような歌声を聴いていると、「別れの曲」に親しんできた長い歳月の間に起きた様々な出来事が、すべて甘美な幻影に包まれてよみがえってくるのである。(述)

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このブログの執筆者は2008年9月22日に永眠いたしました。
生前、皆様との交流を楽しみにしておりました。
お読みいただき、感謝しております。(代理人投稿)


静かな悦楽
JUGEMテーマ:音楽



 若いころ斎藤磯雄さんの『詩話・近代ふらんす秀詩鈔』や『フランスの歌曲』などに親しみ、デュパルクが曲を付けたボードレールの詩「前世」や「旅への誘い」に耳を傾けた。その後もSPやLPやCDを集め、愛聴した。今でもなつかしく聴き返す。このたび音盤を処分するにあたり、デュパルクの歌曲を収めたものを数えてみると、20種類以上もあって驚かされた。呆れたものである。
 手元に一枚だけ残したのはジェシー・ノーマンが歌う「前世」を収めたCDだ。比較的体調の良い午前中に書斎のソファーに横たわり、タンノイの15インチモニターから流れてくるこの曲に静かに耳を傾けていると、自分がすでに死んでしまっていて、どこか遠い国から自分の前世を回想しているような、そんな気持ちになってくる。実際ノーマンの歌声には、この世の彼方から吹いてきてあの世の彼方に向けて吹き抜けていくような神秘的な響きが込められている。
 私はこの曲の中の静かな悦楽(voluptés calmes)という言葉が好きだ。詩の第一連、第二連で曲想が次第に高まり、第三連の一行目(C’est là, c’est là …)で曲はフォルテッシモを極め「静かな悦楽」に向けて降りてゆく。

 そこにこそ私は生きた、静かな悦楽に包まれて、
 C’est là que j’ai vécu dans les voluptés calmes

 (注)邦訳は福永武彦。歌曲では冒頭の「c’est là」が2回繰り返して歌われる。

 今までの自分の人生を振り返り、こんなにも幸せなひとときは無かったような気がする。柔らかな秋の日に包まれたそのひとときが、ようやく私の人生に訪れた静かな悦楽のときであるような気がするのである。(述)
残灯日録(お詫び)
JUGEMテーマ:日記・一般



 「残灯日録」と称して日々の日録を書き始めたが、とても書ききれない。すっかり体力もなくなった。上に一部を記したまま中断する。
 その後も多くの人にお見舞に来ていただき、またお花や果物などを送っていただいた。ひとつひとつにここでお礼を申し上げることはできないが、心から感謝して受け取った。ありがとう。
 添えられたカードやお手紙をみると、心をこめた丁寧な言葉が綴られていて、感に耐えない。自分がこれまで病床の友人にこんなにも優しい言葉をかけたことがあったかと省みると、後悔しきりである。
 皆さん、本当にありがとう。(述)

残灯日録(1)
JUGEMテーマ:日記・一般



26日(火)緊急入院。
27日(水)内視鏡、CT検査等。母、泉さんの見舞いあり。食欲無し。
28日(木)食欲無し。スターバックスのビスケット1枚のみ。夕刻、妻とともに病状説明を聞く。深夜、雷鳴絶えず。
29日(金)タクシーで自宅に戻る。後期の講義をキャンセル。とりあえず快適な生活空間を確保するために、部屋に溢れた本をなんとかしなければならない。昔なじみの地元の古書店ノアさんに連絡し、午後から1階の居間の本棚を整理。
30日(土)朝、泉さんが来て、妻と3人の生活が始まる。さて、いつまで続くことやら。午後、オートバイ4台をバットモーターサイクルに売却。片山さんのお話を聴き、元気回復。夜、仲さん見舞いに来宅。
31日(日)ノアさんと片倉さんで、引き続き居間と寝室の本棚を整理。まずは70本をこしらえて、明日の中央市会に出品。
1日(月)午前中、本郷のアルカディア書房の矢下さん来宅。書庫から26点を売却。夕刻、田村書店洋書部の奥平さん来宅。貴重書庫整理の打ち合わせ。
2日(火)午前中、指月社の大家さん来宅。蔵書票の作成を依頼。午後、整理中に見つかったカセットテープがどうしても聴きたくて、タクシーに乗って石丸電気でデッキを買う。おかげで発熱。夕方、ノアさんと片倉さんが片付けに来てくれる。





さらばオートバイ
JUGEMテーマ:車/バイク



 入院して精密検査を受けた結果、肝癌が静脈を経て心臓にまで達しており、手の施しようがないとのこと。病院にいても仕方がないので、今日から自宅に戻り身辺整理である。
 さっそくバットモーターサイクルの片山さんに来てもらい、愛車4台を引き取ってもらった。ジレラ150、モンディアル175オコーネ、MVアグスタ125、MVアグスタブルターレSである。いずれも、このブログで何回か取りあげてきた愛車である。来年はモンディアルでイタリアを走りたかったのだが、まあ、しようがない。誰か、我がモンディアル(絶好調ですぞ)で、モトジロに参加してくだされ。
 お話を聴いて初めて知ったのだが、実は片山さんも、3年前にご尊父と愛妻を肝癌で失っており、お茶を飲みながらの閑談が、妙に盛り上がってしまった。幸い肝癌の場合、痛みは少ないとのこと。ホッとしましたね、これには。おかげで元気回復。ありがとう、片山さん。三日ぶりで吸ったピースが旨かったです。
 
***

 夜、新国立劇場時代の友人、仲さんがお見舞いに来てくれた。一時期、ふたりでモンスターに乗っていたことがあり、バイク仲間でもある。小生が琉球大学にいたころ、何回か遊びにきてくれて、那覇の悪場所で大いに気勢を上げたものです。仲さん、ありがとう。この人も、万年青年ですな。(1時間しか話せなくてごめんなさい。長くなると疲れちゃうんです)。
しばらく休載
JUGEMテーマ:日記・一般


 大学病院で精密検査をしたところ、即、緊急入院ということになりました。このブログも、しばらくお休みすることになります。またいろいろとキャンセルしてしまいました。ご迷惑かけたみなさん、すみません。
死せるメレアグロスの運搬
JUGEMテーマ:アート・デザイン



 西洋の宗教画に、磔刑の後にキリストが十字架から降ろされ、墓に運ばれる様子を描いた「キリストの埋葬」と呼ばれるテーマがある。この構図のルーツを探ると、古代ローマ時代に作られた「死せるメレアグロスの運搬」(上図)という浮彫に行き着くらしい。ルネサンス時代にアルベルティが『絵画論』のなかでこの浮彫に注目したのを機に、15世紀から16世紀にかけて、ラファエロやティツィアーノなど(下図)多くの画家が、この浮彫の構図を参考に、墓に運ばれるキリストを描いた。以降、この死せるキリストを描くこの構図は、洗練を重ね、近代のドラクロワにまで伝えられる。



 以前、拙著『風景画の病跡学 メリヨンとパリの銅版画』(平凡社、1992)のなかで、メリヨンの銅版画「死体公示所」に描きこまれた一連の群像(下図)が、この「キリストの埋葬」の人物構成と構図を踏まえており、そこにメリヨン特有の奇怪な妄想が込められているのではかいか、と指摘したことがある。ただそのときは、ラファエロやティツィアーノを参照したにとどまり、古代ローマにまで眼が行き届かなかった。



 10月25日から始まるブリジストン美術館の企画展「都市の表象と心象」に、この「死体公示所」(下図)が出品されることになり、解説のなかで簡単ながら「死せるメレアグロスの運搬」に触れた。同じ構図が、古代ローマからルネサンスを経て近代にいたるまで、それぞれ神話、聖書、現代生活とテーマを変えながら伝承されてきたわけである。ベンヤミンはメリヨンの作品に「古典古代と近代が相互浸透」した「寓意」を嗅ぎつけているが、その指摘はこうした群像表現にも見てとれるような気がする。
 なおメリヨンの奇怪な妄想については、前掲拙著と、10月からの同展図録解説(刊行予定)を参照のこと。(この図録原稿だけはキャンセルするわけにいかず、締め切りまぎわになってようやく書き上げた次第)


いろいろキャンセルのおわび
JUGEMテーマ:日記・一般


 この夏は身体のいたるところが痛かった。石川までバイクで二往復したのがいけなかった。まず強烈な肩こりに襲われ、腹筋が痙攣し、胃腸が圧迫され便秘になり、足がむくみ、その間ずっと頭痛と嘔吐感が続き、意味もなく脂汗がでて、やがて食欲がなくなった。一週間ほど寝込んで、最後は大学病院で点滴加療を受ける始末。いろいろとキャンセルしてみなさんに迷惑をかけてしまった。
 療養中にわかったこと。体調を崩すとまず食欲がなくなり、身体がいうことをきかないので性欲がなくなり、そのうち物欲がなくなってなげやりになり、最後は知識欲もなくなりボーっとして過ごすということ。つまり諸欲を捨て去って悟りの境地にいたるわけです。これで痛みさえ伴わなければ、かなり澄み切った境地ではないかと思うのですが・・・。
 まあ、そう簡単に大悟解脱というわけにはいきませんな。凡夫たるもの、諸欲にまみれて日夜奮闘を重ねるのが健康な生き方のようであります。さて仕事をして稼がなければ。とりあえず来週からは大学の集中講義。これがまたきついのであります。
ブックデザインとしての蔵書票(5)西洋編
JUGEMテーマ:アート・デザイン




 当ブログ「ビブリオテカ・グラフィカ」は、本の挿絵や装丁等について書いた短文を保管するアーカイブとして出発したのだが、最近はバイクと食べものの記事ばかりで、すっかり本義から離れてしまった。ときどきは本のことも思い出さなくては・・・。というわけで今回は、京都精華大学の企画展「蔵書票グラフィティ」のために書いた文章を補足する。

 本来は自分の蔵書に貼るための蔵書票が、あらかじめ本に貼られ、あるいは刷り込まれ、ブックデザインの一部として出版された本について、これまで数回にわたり、日本の作例を紹介してきた。こうした事例は、蔵書票の役割が充分に知られていなかった日本の特殊事情と考えていたが、実は蔵書票発祥の地である西洋にも、同じような作例がある。
 一ヶ月ほどまえに神保町を歩いていて、馴染みの古書店主から「こんなのが入りましたよ」と、マネが挿絵を添えたマラルメの詩集『牧神の午後』(1876年)を見せられた。つい先ごろ、店頭の買取で仕入れたものだという。かくも貴重にして高価なる挿絵本(一冊百万は下りませんな)を、散歩がてら買取に持ち込む客がいるのだから、神保町というところはあなどれない。
 で、さっそくこの薄い冊子(本文12ページ。なにしろ詩が一編しか収まっていない)を手にとり、ページを開いて驚いたのは、巻頭にマネが描いた蔵書票が貼られていたこと。朱色で「EXLIBRIS」とあり、蔵書票であることに間違いない。本冊とは別刷りの小振りな蔵書票だ。マネが票主なのではなく、マネがこの本のために描いた蔵書票が、限定195部のすべてに貼りこまれているのである。(蔵書票の右下に、各冊の限定番号が手描きされている)
 帰宅していろいろと書誌をあたってみると、どうやらこの前年1875年に出版されたポーの『大鴉』(マラルメ仏訳、マネ挿絵)にも、マネが描いた蔵書票が添えられているようだ(実物未見)。そもそも『大鴉』にしろ『牧神の午後』にしろ、出版当初、これらの本を買って総革に仕立てた愛書家はまずいない。当時の豪華本の美学から、かけ離れていたからである。挿絵本のスタイルからいうと、だいたい四半世紀ほど先んじているように思われる。マネとマラルメの本造りの、なんと斬新なことか。文学と美術で革新的であったのと同様、この二人は本造りにおいても旧弊にとらわれない。おそらく、彼らのそうした前衛的な試みのなかで、蔵書票を使ったブックデザインが発案されたのだろう。
 もう少し調べてみるつもりだが、以上、貴重な作例として報告する次第である。


 
補記:『大鴉』の蔵書票について、ネット上で画像が見つかったので添付しておく(上図)。少々見づらいが、上方に「ex libris」と印刷されている。本冊は未綴じの状態で刊行され、この蔵書票も、他の挿絵と同様、独立した一枚である。


和倉温泉総湯と辻口博啓氏のスイーツ
JUGEMテーマ:グルメ




 和倉まで来たついでに温泉にも浸かりました。総湯(共同浴場)480円。まあ、地元の人の銭湯、あるいはひと昔まえのヘルス・センターといった感じ。平日の午後なので、お爺さん、お婆さんばかりでしたね。ヌルッとした塩味のお湯は、なかなか良質(ただし循環)です。
 総湯から歩いて2、3分のところに、一昨年オープンしたパティシエ辻口博啓氏のミュージアム(ル・ミュゼ・ドゥ・アッシュ)があり、カフェを併設していて、お茶とスイーツがいただけます。田舎くさい温泉町の、ここだけが都会のおしゃれ空間。客層は近所の旅館に宿泊している都会人のようで(有名な加賀屋もすぐ隣)、総湯の客層とはガラリと雰囲気が変わります。
 海に面したカフェは船のデッキ風で、なかなか快適。3種類いただいたなかで、六角形をしたセラヴィの、デザインからお味まで、隙のない密度に感服しましたね。うーむ、実家から50キロは決して遠くないですな。一風呂浴びて、お茶とスイーツ・・・癖になりそう。