溺れた猫を悼んで
十八世紀のイギリスでロココの挿絵本を挙げるとなると『ベントレー挿絵によるグレイ六詩篇』(一七五三年)になろうか。わが国では『新体詩抄』の訳詩「グレー氏墳上感懐の詩」(「墓畔の哀歌」)で知られるトマス・グレイの処女詩集である。判型はフォリオ判、絵は腐蝕銅版画。巻頭に口絵一点を戴き、各詩篇のはじめに全頁大の挿絵六点を添え、それぞれの詩の文頭と文末に飾絵を配するという、挿絵の文法に則った堂々たる構えである。グレイはこの出版を大いに喜び、挿絵を描いた画家リチャード・ベントレー(一七〇八−八二年)に詩を贈った。そのなかに「詩神よ愛でたまえ、ベントレーが導いた妹の芸術を」という文句がある。詩と絵画は姉妹芸術であるとする西洋の伝統を踏まえ、画家を称えたのである。
詩集を編み、挿絵画家を紹介し、出版のお膳立てをしたのは、イギリスの首相の御曹司で、後にゴシック小説の開祖となるホレス・ウォルポールである。収録された詩には彼の愛猫セリマの死を悼む一編も収められている。トラ猫のセリマは金魚を捕ろうとし、水瓶に落ちて溺死した。グレイは友人ウォルポールの依頼を受け、大袈裟な英雄叙事詩の文体でこの猫の追悼詩を詠んだ。
水瓶で溺れた猫というと『吾輩は猫である』を思い出す。イギリスに留学して十八世紀文学を研究した漱石のことだ。どうやら『猫』のラストシーンにはグレイの詩の影響があるらしい。ここに挙げたのはグレイの詩に添えられた文頭の飾絵だが、漱石の小説にも中村不折の同じような図柄の挿絵がある。